解説鈴鹿スポーツガーデンへの侵入路の東側に広がる畑地に位置します。ほ場整備事業に先立ち一部が発掘調査されました。5世紀後半から6世紀前半にかけての竪穴住居12棟が検出されました。遺跡の大部分は畑寄せによって破壊を免れ現在も保存されています。