発掘ニュース
平成15年度 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月
10/05更新
伊勢国府跡18−2次
広瀬町字仲土居
 遺構の検出作業はほぼ完了しました。
 伊勢国府政庁の北方に位置する官衙(役所)域は,およそ120m四方の築地または土塁に囲まれた区画が12mの街路をはさんで整然と配置されて,その中に瓦葺礎石建ちの建物が並んでいたと考えられています。今回の調査区は,仲土居地区の南北2つの区画が接する部分で,その西端にあたります。
 築地(土塁)自体は全く削平されていて両側の溝のみが検出されました。外側の側溝は幅約0.5mで,内側のものが幅約3mと極端な差があります。南区画の築地(土塁)は,西および北辺とも 「 状にきちんと検出されましたが,北区画の築地(土塁)は西辺のみで,南辺にあたる溝は検出されませんでした。このことから,すべての区画が計画どおりに完成してたわけではないと推定されます。また,これより西側には溝等は延びておらず,この西辺外側の細い溝が官衙群の西端といえそうです。

北区画の南西コーナー(北から)

南区画の北西コーナー(北西から)

天王遺跡11-2次
 岸岡町字天王(鈴鹿厚生病院内)
 調査は急ピッチで進められすでに北半部の航空写真撮影まで完了しました。残りの半分も10月の上旬には航空写真撮影を行って2期の調査を終える予定です。
 断面V字の大溝(環濠)ですが,今回は下層からまとまって弥生時代後期の土器が出土しています。上層からは、大量の須恵器・土師器とともに土錘や知多式製塩土器なども多く出土しました。
 飛鳥〜奈良時代の遺構としてはこの大溝上層のほか竪穴住居・掘立柱建物があります。掘立柱建物は大部分が総柱(床を支える柱を持つ)の倉庫で,建物の向きにより2時期に分かれます。倉庫の配置は密で,企画性もみられます。天王遺跡は,これまでの調査から官衙(役所)あるいは豪族居宅ではないかと考えられていますが、それに伴う倉院のような場所であるのかもしれません。
 中世の遺構としては、掘立柱建物,土坑,井戸そして堀状の溝などがあります。井戸の底からは木製の枡やヘラ状をした木製品などが出土しました。

 

大溝からは大量の須恵器が出土しました。

井戸と出土した枡(底)

伊勢国分寺跡第29次
 国分町字堂跡ほか
 伽藍地東の遺構の検出はほぼ終了し、写真撮影や記録作業を行っています。先月報告した大形掘立柱建物2棟のほかに,掘立柱建物もう1棟そして伽藍地東地区と講堂の間を隔てる築地と棟門らしき遺構も確認されました。また,掘立柱建物の周辺にはたくさんの土坑(ごみ等を処分した穴)がみられ,瓦・土器等のほかに志摩式製塩土器もみつかっています。
 10月に入って,塔を確認するための回廊内および回廊南のトレンチ調査と,僧坊推定地の面的な掘削を始めました。まだ塔が存在したことを示す遺構は確認されていませんが,回廊内のトレンチからは金堂に葺かれていたとみられる鬼瓦が出土しました。 

 

大形掘立柱建物SB0301

回廊内トレンチから出土した鬼瓦

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