発掘ニュース
平成15年度 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月
08/05更新
加佐登遺跡
加佐登二丁目
 住宅兼店舗建築に先立つ発掘調査を行いました。縄文時代晩期の土器棺墓4基のほか多数の土坑・柱穴が見つかりました。土器棺墓には幼くして亡くなった乳幼児が葬られたとみられます。
 また,柱穴には奈良時代〜平安な時代のものもあり,一帯に同時期の集落が存在したとみられます。。

土器棺墓SX01

土器棺墓SX02

天王遺跡11次
 岸岡町字天王(鈴鹿厚生病院内)
 11次第1期の調査は終了しました。
 病棟の南側の狭い調査区内からは,柱穴掘り方の底に大きな石を据えて礎石(礎板)とした掘立柱建物が検出されました。柱穴から出土した土器から中世のものと見られますが,それでもこのような大きな石を礎石とした例は珍しく,中世の天王遺跡内でも中心的な建物であったのではないかとみられます。

 

病棟南調査区と礎石を持つ建物

病棟北調査区全景

天王遺跡12次
 岸岡町字天王(鈴鹿厚生病院内)
 第12次調査も完了しました。
 大溝SD1201は,弥生時代包含層を掘り下げ幅2.5〜3m,深さ1.8mの鋭いV字形となりました。弥生時代後期前半の高坏などが出土しました。
 調査区の西端で検出されたSD1205は幅3m,深さは1.3〜1.7mとなりました。これまでの調査で確認されている,環濠の続きとみられます。上層からは古墳時代後期の須恵器がまとまって出土し,下層からは弥生時代の包含層が確認されました。SD1201同様に弥生時代の環濠を古墳時代後期に掘り直したものとみられます。

 

溝SD1201

溝SD1205

伊勢国分寺跡第28次
 国分町字堂跡ほか
 調査が始まりました。まず,昨年度の調査でも確認できなかった塔跡を求めて,回廊の内部と南東部にトレンチを入れます。その後,僧(?)坊の調査に移っていく予定です。

 

調査前の国分寺跡

 

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