発掘ニュース
 位置情報URLはおおよその位置を示すものです。地理院地図(電子国土Web)にリンクしています。
 この記事は発掘現場の状況をいち早く皆様にお伝えすることを目的としているため,さらなる調査の進展や調査指導の結果により結論が異なる可能性があることをあらかじめお断りしておきます。
5月1日更新
塚腰遺跡(第3次)
鈴鹿市郡山町字広山
伊勢鉄道中瀬古駅前の道路を北に400mから
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.86632,136.610205&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:緊急発掘調査
調査原因:作業所建設
調査期間:平成28年4月5日〜平成28年4月30日
調査面積:75u
主な遺構:竪穴住居・土坑・溝
主な遺物:須恵器・土師器・山茶碗・常滑焼
見  頃:終了しました
現地説明会:開催しません。
 5世紀代に築かれた帆立貝式前方後円墳「経塚古墳」の北西100mに位置します。建物の基礎で破壊される範囲のみの四角く巡るトレンチ状に調査を行いました。検出された遺構は古墳時代のものと思われる竪穴住居が3棟ですが,いずれも一部分のみの検出です。また,鎌倉時代の総柱建物1棟とそれに伴う南東隅土坑を検出しました。建物の桁行は6間とみられ,規模の大きな建物です。南東隅土坑からは多量の礫に混じり常滑甕や山茶碗が出土しました。

 鎌倉時代の建物に伴う南東隅土坑

鎌倉時代の総柱建物の柱列
磐城山遺跡(第9次)
鈴鹿市木田町字西条
遺跡への経路:市街から四日市鈴鹿環状線の木田橋を渡って坂を上った信号三叉路「木田町」の左手の丘陵上。
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=34.901599&lon=136.571574&z=15&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:農地改良に伴う緊急調査
調査期間:平成28年4月11日〜平成29年3月31日(予定)
調査面積:850u
主な遺構:竪穴住居・掘立柱建物・溝・井戸・土坑墓
主な遺物:弥生土器・土師器・須恵器・山茶碗・白磁
見  頃:夏以降
現地説明会:夏休みに発掘体験会を開催する予定です。
 今年も始まりました。あいかわらず古墳時代前期・後期の竪穴住居,弥生時代後期の竪穴住居が重複して多数が姿を現しつつあります。ただいま,弥生土器のぎっしり詰まった排水溝をいくつか掘削中です。また,中世の土坑墓らしき遺構からは礫に混じって山茶碗や白磁碗が出土しました。

遺構検出状況(奥は8-2次調査区)

中世の土坑墓か
4月1日更新
伊勢国分寺跡(第40次)
国分町
 調査は終了しました。調査区にすっぽりおさまるように小さな方墳が見つかりました。墳丘は削られてなくなっていて周りの溝のみになっています。確実にこの古墳に伴う遺物は出土していないため年代は分かりませんが,周囲には6世紀後半から7世紀にかけての小古墳が多数分布しています(狐塚古墳群)。
 ほかにも中世のものと思われる小さな周溝も見つかっています。
 東西に走るたくさんの溝は,古代の道路側溝の可能性もありますが,今回は建築の基礎が及ぶ範囲のみの調査のため完掘はしませんでした。

 中世の周溝

 古墳の周溝
3月1日更新
伊勢国府跡(長者屋敷遺跡第34次)
広瀬町
県道辺法寺加佐登停車場線の津賀町西交差点を西へ600m,広瀬町への3差路の南北2箇所
位置情報URL:6AGH-C区http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.887167,136.500363&z=18&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:学術調査
調査原因:国府跡範囲確認
調査期間:平成28年2月1日〜平成28年3月15日(予定)
調査面積:213u
主な遺構:溝・土坑
主な遺物:丸瓦・平瓦
見  頃:3月上旬まで
現地説明会:実施しません。
 今回の調査は2箇所で実施しています。南野地区の6AGH-C区では北方官衙の方格地割が東に広がらないかを確認しました。検出された遺構は新しい道路側溝と地境溝のみで方格地割は東には広がらないとみられます。
 もう1箇所は荒子地区の6AIF-E調査区で,方格地割の東辺溝と考えられる南野地区SD266の延長線上に調査区を設けたところ,ほぼ想定の位置で瓦を伴う南北溝を検出しました。方格地割が南に延長する可能性を示すものです。

 6AIF-E区南北溝

 6AGH-C区道路側溝と地境溝
伊勢国分寺跡(第40次)
広瀬町
鈴鹿市考古博物館のすぐ東側
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.907142,136.565214&z=18&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:緊急発掘調査
調査原因:個人住宅建築
調査期間:平成28年2月19日〜平成28年3月31日(予定)
調査面積:144.5u
主な遺構:溝・ピット・土坑
主な遺物:瓦・山茶碗・土師器
見  頃:ただいま調査中です。
現地説明会:実施しません。
 個人住宅に建築に伴い発掘調査を実施しています。遺構検出作業が終わったところですが,南浦廃寺方面から国分寺のほうへ延びる道路跡や区画溝と見られる東西方向の溝が多数重なり合っているようです。

 遺構検出作業

 たくさんの溝が重なり合っています
伊勢国府推定地(周知の包蔵地外)
国府町
府南寺の北東側
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.856848,136.513023&z=18&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:学術調査
調査原因:国府跡確認調査
調査期間:平成28年2月24日〜平成28年2月26日
調査面積:6u
主な遺構:包含層
主な遺物:灰釉陶器・土師器・木片
見  頃:終了しました。
現地説明会:実施しません。
 学童保育の施設の建設予定地で,浅い谷に水田が営まれています。この場所は周知の埋蔵文化財包蔵地には含まれていませんが,梅田遺跡と古刹府南寺に囲まれた良好な立地であるため,祭祀や廃棄に伴う包含層の有無を確認しておくため小規模なトレンチ調査を実施しました。地表から約1.2〜1.8mの堆積があり,最下層の礫を多く含む暗灰色土層から灰釉陶器碗が出土し古代の包含層の可能性があります。遺物の量は極めて少なく両岸の集落からの流れ込みによるとみられます。

 第1トレンチ
底の礫混じり層から灰釉陶器出土

 第2トレンチ
水が勢い良く湧いてきます
磐城山遺跡(第8-2次)
木田町
 検出された遺構の掘削作業が続いています。2月の後半は伊勢国分寺跡第40次調査の対応で少しお休みしています。

 竪穴住居の壁溝と排水溝の検出状況

 掘立柱建物の柱穴を掘っています
2月1日更新
磐城山遺跡(第8-2次)
木田町
 現場が再開しました。3月中旬まで調査を行う予定です。すでに,竪穴住居多数のほか,掘立柱建物2棟・中世の道路側溝などが見つかっています。

 掘立柱建物(倉庫)の検出

 中世の道路跡
1月1日更新
室内整理
考古博物館
 12月は発掘調査がありませんでした。博物館の整理実習室では十宮古里遺跡(第5次)で出土した大量の中世から近世初頭にかけての遺物の整理作業が進められています。

土師質羽釜の復原パズル大会開催中
 

鉄釉と灰釉を掛け分けたお皿
なかなかおしゃれです。
12月1日更新
磐城山遺跡(第8次)
木田町
 現場での補測作業は5日までで完了しました。年明けには第8-2次調査として次の調査区に取り掛かります。

十宮古里遺跡(第5次)
十宮四丁目
 重機を使った井戸掘方の断ち割りなどの追加の調査作業を終え調査は無事終了しました。現場からは大きな井戸枠などが持ち込まれました。

 暗文土師器など古代の遺物が
まとまって出土した土坑?

井戸枠が整理室に届きました。
 
11月1日更新
磐城山遺跡(第8次)
木田町
 調査区全体の清掃を行い,全景写真の撮影を行いました。平面実測も完了し,後は高さ入れを残すのみです。平面図がまとまってくると調査時には確認できなかった掘立柱建物の存在に気付いたりするので,ふたたび現地にもどって確認を行っています。

 調査区全景(南から)

 掘立柱建物(北東から)

十宮古里遺跡(第5次)
十宮四丁目
 調査は終盤にさしかかっていますが,相変わらず中世から近世初頭にかけての井戸を掘りまくっています。あわせて,来年度以降の調査対象地区で試掘調査を行い調査範囲の絞込みを行いました。

 発掘調査風景

校舎の基礎の下からも井戸が見つかります

土師南方遺跡(第2次)
若松西二丁目
 範囲確認調査の際,須恵器を伴う方形の落ち込みが検出されたため古墳時代の竪穴住居との想定で調査を行いました。ところが掘ってみると,古墳時代から鎌倉時代までの各時期の遺物を含む粘質土が詰まった約2m×6.5mの方形土坑が3基並列したものでした。現状では,砂質の土壌のうえに礎石建物を建てるための基礎地業(地盤改良)の跡ではないかと解釈しています。また,一箇所から近世瓦が集中して出土しました。掘り方ははっきりしませんが廃棄土坑が掘り込まれていたようです。この基礎地業が行われた時期は,鎌倉時代以降で江戸時代頃までとしか言いようがありません。埋土の遺物は付近の低地の包含層から粘質土を採取した際に持ち込まれたものでしょう。

遺構掘削作業中(南から)

完掘状況全景(北から)

10月1日更新
十宮古里遺跡(第5次)
十宮四丁目
 引き続き,中世から近世にかけての井戸や土坑などが次々と検出されています。期待している弥生時代末から古墳時代の遺構に行き当たりません。

近世初頭の遺物が多く出土した土坑

校舎の下は大部分が流路でした。

伊奈冨神社庭園(七島池)
稲生西二丁目
 最後に池の排水施設を確認するため南東端を調査しました。以前使われていた導排水用の土管のレベル確認が目的でしたが,隣接道路の道路や上下水道の工事の際に塩ビパイプに替えられてしまったようで,本来の深さは確認できませんでした。しかし,ここでも護岸施設の一部を確認するという成果がありました。
調査の終了に際し,池の中のトレンチについては,確認された護岸の木組みを土嚢袋で保護したうえ,掘った面が分かるように不織布のシートを敷いた上で埋め戻しを行いました。

池南端のトレンチ

護岸施設と底面を保護しつつ埋め戻し

磐城山遺跡(第8次)
鈴鹿市木田町字上篠
 今年度分の遺構掘削作業は終了しました。後は写真撮影と遺構実測を残すのみですが面積が結構あるので大変です。

有茎尖頭器が出土しました(2個目)。

作業風景(調査範囲は右のシートまで。)

土師南方遺跡(第2次)
若松西二丁目
近鉄伊勢若松駅の西南西630m。近鉄鈴鹿線の南側。
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.86632,136.610205&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:緊急発掘調査
調査原因:個人住宅建築
調査期間:平成27年9月28日〜平成28年10月16日(予定)
調査面積:63u
主な遺構:竪穴住居?土坑?
主な遺物:須恵器・土師器・灰釉陶器・山茶碗・青磁
見  頃:未定です
現地説明会:未定です
 近鉄鈴鹿線に沿う,肥田から若松に向かって伸びる,かっての鈴鹿川氾濫時の自然堤防上に立地します。昭和47年に周囲がほ場整備された際に範囲確認調査が行われ弥生時代から中世にかけての遺物が出土しました。そのうち山田寺系軒丸瓦1点が出土したことで注目されています。
 今回の調査は,個人住宅の建築に伴うもので,表土を除去したところ一辺6.5mの方形の落ち込みが確認されました。現在,サブトレンチをいれて確認をしているところです。

検出状況

サブトレンチ掘削中

9月1日更新
十宮古里遺跡(第5次)
十宮四丁目
 旧校舎の基礎の間を掘る発掘調査で作業は大変ですが,順調に進んでいます。期待された弥生時代から古墳時代の遺構は一向に現れず,中世から近世にかけての井戸多数のほか溝,廃棄土坑などが検出され,多数の山茶碗,皿・土鍋などの土師質土器のほか瀬戸・美濃や常滑などの陶器類が出土しています。

基礎の間の調査

井戸を掘る

伊奈冨神社庭園(七島池)
稲生西二丁目
 池底のトレンチ3箇所と最大の島2に1箇所,そして岸に3箇所のトレンチを入れました。池は素掘りで底の青灰色のシルトを盛って島を構築してあることが確認されました。8月後半は天候が悪く,ただでさえどろどろのトレンチが大変なことになっています。土師器皿(ロクロ形成),山茶碗,山皿,青磁碗,常滑焼甕など12世紀から13世紀にかけての遺物が主です。28日に指導委員会,30日には地元の方々に説明会を開催しました。

地元の子どもたちによる地域探検

トレンチ3の実測作業。
宮ノ前遺跡(第4次)
十宮三丁目
 2次調査で確認されている溝の続きが検出されたほか,東西に流れ複雑に重なり合う流路が確認されました。また,中世以降に降る掘立柱列も確認され,柱穴の底には柱を支える石が据えられていました。

古墳時代の溝

調査区全景(東から)

磐城山遺跡(第8次)
鈴鹿市木田町字上篠
 引き続き竪穴住居を主とした遺構掘削が続いています。8月はいくつもの現場が平行したため補助をしてくれる人員がいなくなったので,担当者は作業員に指示を出しつつ平面実測図も作成するという奮闘を続けています。

博物館実習生の体験発掘

磨製石斧も出土していました

大谷古墳
鈴鹿市木田町(大谷)字赤兀
他の現場の合間を見ながらセクションの実測作業や写真撮影を続けています。
8月1日更新
十宮古里遺跡(第5次)
十宮四丁目
旧神戸中学校跡地です。
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.887215,136.578853&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:緊急発掘調査
調査原因:宅地造成工事
調査期間:平成27年6月25日〜平成28年1月31日(予定)
調査面積:2,802u
主な遺構:溝
主な遺物:中世陶器
見  頃:まだまだです
現地説明会:未定です
 旧神戸中学校の跡地です。北側の土地を民間に売却し宅地造成することに先立ち発掘調査を実施するもので,ようやく調査に着手することができました。対象面積が広いため3年ほどの継続調査になる予定です。平成5年のグラウンド整備に伴い実施された調査では,弥生時代末〜古墳時代初頭の環濠,方形周溝墓群や古墳時代の溝・竪穴住居,中世末から近世初頭の土坑・井戸など多種にわたる遺構が確認されています。環濠の続きのほか各時期の集落跡の確認など成果が期待されます。

表土除去作業

遺構検出作業

伊奈冨神社庭園(七島池)
稲生西二丁目
伊奈冨神社の境内地です。
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.836658,136.552881&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:学術調査
調査原因:名勝整備に先立つ確認調査
調査期間:平成27年7月21日〜平成27年8月31日(予定)
調査面積:100u
主な遺構:庭園,溝,護岸
主な遺物:土師器・山茶碗
見  頃:8月中
現地説明会:開催を予定しています。
 伊奈冨神社の境内地にある,県指定の名勝庭園(七島池)の調査です。この池は室町時代の作とされる「勢州稲生村三社絵図」にも描かれているほか,弘法大師が一夜にして造られたという伝説も伝わっています。
 島が,池の水位上昇にともない著しく侵食をうけていることから,その保存整備について伊奈冨神社・三重県教育委員会・市文化課および地元で検討がすすめられています。それに先立ち,本来の島の規模や築造の方法・年代等の基礎的なデーターを得るためにトレンチ調査を行うことになりました。博物館も調査に協力しています。
 とりあえず2箇所トレンチをあけましたが,何しろ池の底ですから,落ちた腐葉が泥とともに厚く堆積していて臭気を放つうえ,絶えることの無い湧き水,それに伴い崩壊する壁に悩まされながらの調査です。

調査前の状況

掘削作業風景

1トレンチ,護岸の木組みが見える

2トレンチ
宮ノ前遺跡(第4次)
十宮三丁目
主要地方道四日市鈴鹿環状線,百々川橋北詰交差点を北(十宮町の住宅街方向)へ,近鉄線を渡って約400m。
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.889856,136.578255&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:緊急発掘調査
調査原因:個人住宅建築
調査期間:平成27年7月1日〜平成27年8月31日
調査面積:230u
主な遺構:溝
主な遺物:須恵器・土師器
見  頃:8月中
現地説明会:未定です
 第2次調査を実施した宅地造成地での住宅建築に伴う発掘調査です。2次調査で確認されている溝(流路)の続きが一部位検出されています。

表土除去作業

遺構検出作業

磐城山遺跡(第8次)
鈴鹿市木田町字西条
 7月の後半になってようやく天候が回復し,作業が進み始めました。神戸中学校郷土史部の体験発掘や考古博物館の夏休み子ども体験博物館の発掘調査体験会などで現場を活用しています。

神戸中学校の体験発掘

体験発掘会

大谷古墳
鈴鹿市木田町(大谷)字赤兀
掘削作業は終わっていますが,7月前半の悪天候もあり,墳丘の測量やセクションの実測作業がまだ残っています。

社殿東トレンチ掘削

社殿西脇トレンチ
7月1日更新
大谷古墳
鈴鹿市木田町(大谷)字赤兀
遺跡への経路:国道1号線下大久保町交差点を南(木田町方面へ)約300m,右手の農道に入ると見えるこじんまりした鎮守の森が古墳。
位置情報URL:http://maps.gsi.go.jp/?ll=34.909285,136.556003&z=16&base=std&vs=c1j0l0u0
調査の種類:本調査
調査原因:墳丘・主体部の確認調査
調査期間:平成27年6月2日〜平成27年7月20日(予定)
調査面積:40u
主な遺構:墳丘・周溝
主な遺物:須恵器
見  頃:7月上旬
現地説明会:実施しません
 大谷古墳は鈴鹿川の支流の浪瀬川の左岸,台地の端部に立地します。直径は約40m,高さ5mあまりと市内でもトップクラスの巨大な円墳です。墳丘の北半は本来の墳丘の状態をよくとどめていますが,南半は墳丘を大きくえぐった窪みにすっぽりおさまるように若宮八幡宮が建てられています。かって社殿が建てられた際には,須恵器や鉄刀,金環などが出土したと記録されています。主体部は巨石を用いた横穴式石室墳であったようで,社殿の周囲の石組みに石材の巨大な花崗岩が用いられています。
 このたび,拝殿の改築の計画が持ち上がったため,その工事が古墳にどのような影響を与えるかの検討材料を得るため発掘調査を行いました。
 社殿の前に入れたトレンチでは,石室の掘り方を埋め戻したと思しき落ち込みが確認できました。石室の床面は,社殿の建っている面から1.2m以上の深さがあるようです。
 墳丘西斜面のトレンチでは,墳丘が一度削平された後に社殿を建てる際に出たと見られる須恵器の破片を含む排土が厚く堆積している状況がうかがえます。墳丘の南半分は度重なる工事によって大きく改変されてしまっているようです。

古墳遠景(北西から)

墳丘と拝殿(南西から)

社殿前のトレンチ掘削

墳丘西斜面トレンチ掘削

磐城山遺跡(第8次)
鈴鹿市木田町字西条
遺跡への経路:市街から四日市鈴鹿環状線の木田橋を渡って坂を上った信号三叉路「木田町」の左手の丘陵上。
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=34.901599&lon=136.571574&z=15&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:農地改良に伴う緊急調査
調査期間:平成27年6月2日〜平成27年10月31日(予定)
調査面積:400u
主な遺構:竪穴住居・掘立柱建物
主な遺物:弥生土器・土師器・須恵器
見  頃:夏ごろ
現地説明会:夏休みに発掘体験会を開催する予定です。
 また始まりました。古墳時代前期・後期の竪穴住居,弥生時代後期の竪穴住居が重複して多数出てきています。その他,正方位の掘立柱建物もみつかり,さらに建物群として展開しないかなと期待しています。また,混入品ですが縄文時代草創期の有茎尖頭器が出土しました。

古墳時代竪穴住居の掘削作業

遺構検出状況

掘立柱建物

有茎尖頭器出土状況

6月1日更新
間瀬口遺跡
鈴鹿市木田町
 調査は無事終了しました。検出された遺構は,おもに飛鳥時代の竪穴住居群でした。調査区北側は谷状の地形となっており,断ち割り調査も行いましたが遺物等は含んでいませんでした。

西区全景(南西から)
 

東区全景(南西から)奥に見える台地上
に伊勢国分寺と河曲郡衙が立地します。

竪穴住居群(南から)

谷状地形(北東から)

5月1日更新
間瀬口遺跡
鈴鹿市木田町
 調査はかなり終盤に差し掛かっているのですが,天候不順で実働日数が・・・・厳しい厳しい。

竪穴住居の掘削作業

竪穴住居カマドの断ち割り

4月1日更新
伊勢国府跡(長者屋敷遺跡第33次)
鈴鹿市広瀬町
 発掘調査指導委員会を開催して,今後の調査計画指導助言を受けました。

指導委員会

埋め戻しました

磐城山遺跡(第7-2次)
鈴鹿市木田町
 竪穴住居の掘削が続いています。調査は一旦中断して,間瀬口遺跡の調査完了後に再開の予定です。

竪穴住居掘削作業
 

間瀬口遺跡
鈴鹿市木田町
 西側から徐々に遺構の掘削作業を進めています。竪穴住居や溝は古代のものと思われますが,古墳時代初頭の土師器が出土した土坑もあります

竪穴住居の掘削作業

土坑から古墳時代高坏の出土

3月1日更新
伊勢国府跡(長者屋敷遺跡第33次)
鈴鹿市広瀬町
 遺構・遺物ともに見つかりませんでした。政庁と官衙ブロックを南北大路が結んでいた場合は,東側溝が調査区内にひっかかるはずでした。無いということが確認されたことも調査の大きな成果です。

南北トレンチと政庁

サブトレンチ

磐城山遺跡(第7-2次)
鈴鹿市木田町
 調査を再開しています。夏に引き続き,ひたすら竪穴住居の検出作業です。

遺構検出状況

竪穴住居掘削作業

間瀬口遺跡
鈴鹿市木田町
 老人福祉施設の改築に伴う緊急発掘調査です。遺構検出作業の途中ですが,すでにいくつかの竪穴住居が検出されています. 過去にほ場整理を受けているので残りはあまりよくないようです。また,調査区の東半は谷状地形となっています。

検出作業風景
 

検出された竪穴住居。右手にカマドの跡も見られます。

2月1日更新
伊勢国府跡(長者屋敷遺跡第33次)
鈴鹿市広瀬町
遺跡への経路:県道辺法寺加佐登停車場線をはさんで政庁の反対(北)側
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/index.html?lat=34.885469&lon=136.497448&z=17&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:学術調査
調査期間:平成27年1月5日〜平成27年3月5日(予定)
調査面積:60u
主な遺構:なし
主な遺物:なし
見  頃:2月下旬
現地説明会:未定
 政庁と北方官衙ブロックの中間点に調査区を設けました。官衙ブロック(方格地割)中央の幅24mの朱雀路的な道路が政庁までつながるか確認するのが目的です。まだ表土を除去した段階ですが,それらしい南北溝は見つかっていません。

南北トレンチと政庁

東西トレンチ

1月1日更新
石丸野1号墳(第2次)
鈴鹿市平野町
 調査は終了しました。南側と北側から主体部を狙った巨大な盗掘坑が掘り込まれており主体部はほとんど失われていました。わずかに木棺直葬の墓坑の西端にあたるとみられる掘り方と棺の下に敷かれたとみられる緑灰色粘土床を確認したにとどまりました。残念です。

盗掘坑の状況

主体部の断面

12月1日更新
宮ノ前遺跡(第3次)
鈴鹿市十宮三丁目
 調査は終了しています。終了間際に,西側の擁壁設置場所についてもトレンチ状の調査を行いました。南端から古墳時代の遺物を含んだ溝を確認しました。

擁壁調査区(北から)

溝の完掘状況

石丸野1号墳(第2次)
鈴鹿市平野町
 主体部確認のため墳頂部を掘り下げていますが,大規模な撹乱坑が次々と現れ主体部の確認にはいたっておりません。盗掘坑からは山茶碗の破片などが出土しています。墳頂西端に顔を出していた須恵器坏の周囲を広げると蓋坏と土師器甕が並べられて出土しました。祭祀の跡かもしれません。

盗掘坑をさらえています。

祭祀の跡でしょうか?

天王遺跡(第15次)
鈴鹿市岸岡町
 調査は終了しました。結局,溝・土坑と小規模な柱穴が見つかったのみでした。大部分は中世のものとみられます。

調査区全景(西から)


平野城跡
鈴鹿市平野町
遺跡への経路:汲川原橋南詰交差点から,主要地方道鈴鹿環状線を西へ約1km,左手。
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/index.html?lat=34.870295&lon=136.512887&z=17&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:太陽光発電施設建設に伴う緊急調査
調査期間:平成26年11月15日〜平成26年11月30日
調査面積:30u
主な遺構:土塁
主な遺物:
見  頃:終了しました。
現地説明会:実施しません。
 鈴鹿川右岸に向かって突き出した段丘の先端という絶好の場所に立地する中世城館です。土塁がL字状に延長約80mにわたってよく残っています。太陽光発電施設建設に際し,土塁の大部分は保護していただけることになりましたが,進入路となる土塁の南端約3mについては削平されることになり記録保存となりました。断面を見ると旧表土の内外を削ることで土壇状としたうえで,砂礫土,黒色土を交互に約1.5m積み上げています。盛土自体は荒く,しまりも無い簡易なつくりに見えます。しかし,周囲を削ることで実際の盛土以上の高さを印象付けています。現在,引き続き外周部分の地形測量を続けています。

土塁の現状

土塁の断面

11月1日更新
宮ノ前遺跡(第3次)
鈴鹿市十宮三丁目
 南北調査区でようやく第2次調査で見つかった溝の続きが見つかりました。やはりたくさんの古墳時代の土器を含んでいます。予想と違って直角に曲がっていませんでしたので,溝の性格については一から考え直しです。

遺物の取り上げが大変です。

なんと耳環が出土。

石丸野1号墳(第2次)
鈴鹿市平野町
 主体部の確認調査に入っていますが二度の台風の来襲と盗掘と見られる撹乱が著しいことからあまり進展していません。主体部かもと思っていた落ち込みのサブトレンチからジンジャエールの空き缶!が出土したのにはがっかりです。

須恵器坏身が顔を出してますが,埋土と撹乱土との区別が難しい!。
天王遺跡(第15次)
鈴鹿市岸岡町
遺跡への経路:鈴鹿厚生病院の北西約100mの水田です。
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/index.html?lat=34.8594&lon=136.601823&z=18&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:集合住宅建築に伴う緊急調査
調査期間:平成26年10月1日〜平成26年10月31日
調査面積:200u
主な遺構:溝・土坑・柱穴
主な遺物:須恵器・土師器
見  頃:終了しました。
現地説明会:実施しません。
 天王遺跡は弥生時代後期の環濠集落・古墳時代の大規模な集落・古代の官衙的な遺構群,そして中世の御厨らしき遺構が重複する海岸沿いでは中核的な遺跡です。今回は,集合住宅の建築に伴うもので,進入道路の一部と建物基礎の地盤改良が行われる部分の調査を行いました。水田の真っ只中なのでたびたび冠水し苦労しました。遺跡の中心部分からは離れているためか,若干の溝・土坑や小規模な柱穴が見つかったのみです。

溝を検出。

台風来襲で水没。

10月1日更新
宮ノ前遺跡(第3次)
鈴鹿市十宮三丁目
 東西調査区が掘りあがりました。残念ながらこれといった遺構は確認されませんでした。全体的に削平を受けているようです。新たに,南北調査区の掘削に着手しています。

東西調査区掘りあがり

下層の堆積状況を確認しました

石丸野1号墳(第2次)
鈴鹿市平野町
遺跡への経路:本田技研工業鈴鹿工場西側の「汲川原橋石丸線」から西に入る。高い木が目印。
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=34.86474&lon=136.51926&z=15&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:学術調査
調査期間:平成26年9月1日〜平成26年10月31日
調査面積:50u(予定)
主な遺構:古墳
主な遺物:須恵器
見  頃:未定
現地説明会:未定
 削平された前方部と後円部の境目部分にトレンチが入りました。見事に南側のくびれ部を確認しましたが,埴輪も須恵器などの土器もほとんど見られません。葺石はしっかりなのに埴輪をめぐらさない微妙な段階の古墳のようです。
 墳頂部の掘り下げも開始しました,昨年のトレンチ調査で,上面に0.5m以上の後世の盛土があることが確認されていますので一気に掘り下げます。

くびれ部のトレンチです。

墳頂部の掘り下げを始めました。。

 
9月1日更新
宮ノ前遺跡(第3次)
鈴鹿市十宮三丁目
遺跡への経路:地方主要道四日市鈴鹿環状線の百々川橋北詰交差点を北へ,約450m。
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=34.889704&lon=136.577855&z=18&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:宅地造成
調査期間:平成26年8月1日〜12月31日
調査面積:511.28u
主な遺構:溝
主な遺物:土師器・須恵器・弥生土器
見  頃:まだです
現地説明会:未定です。
 調査区は第2次調査の南に隣接します。2次調査では古墳時代の遺物を大量に含んだ直線的な溝が見つかって居館などの濠の可能性があると考えています。もしそうならば今回の調査区は居館の内部にあたる可能性が高いので,何らかの建物遺構の検出を期待しています。しかし,現在のところいくつかの溝(流路)や土坑のみで,それらしいものには出会えていません。

堆積が複雑で頭を悩ませています。中央の白い部分が溝かと思ったら両側が落ち込みでした。

古代の溝を掘削しているところです。
 

古墳時代の土坑が見つかりました。
 

白鳥中学校の歴史クラブのメンバーが発掘に参加してくれました。

鈴鹿市木田町
8月1日更新
磐城山遺跡(第7次)
 発掘作業は高さ入れを残し無事終了しました。7月26日(土)には夏休み子ども体験博物館の発掘体験会を実施し午前中19人,午後13人,家族の方も含め合計52人の参加となりました。午前中には弥生土器の完形の鉢・午後には土玉を掘り当てたグループがいて周りから歓声が上がっていました。

西調査区完掘(北から)

発掘体験会

7月1日更新
磐城山遺跡(第7次)
鈴鹿市木田町
 天候に恵まれたため,調査区の大部分が掘りあがってきました。調査区の西端から直線的に伸びる南北溝が見つかりました。これまでの調査の成果と付き合わせると,一辺70mあまりの方形の区画となる可能性が高まりました。豪族の居宅あるは官衙関連の施設でしょうか?

直線状に延びる区画溝(北から)

溝を掘る(北西から)

6月1日更新
磐城山遺跡(第7次)
鈴鹿市木田町
 中区→東区→北区と徐々に調査範囲が広がっています。相変わらず弥生時代後期・古墳時代後期そして中世の遺構がびっしり重複しています。珍しい遺物としては,よく使い込まれて表面の線刻が消えそうになっている石製紡錘車が出土しました。

紡錘車の出土

中区から東区を望む

5月1日更新
磐城山遺跡(第7次)
鈴鹿市木田町
遺跡への経路:市街から四日市鈴鹿環状線の木田橋を渡って坂を上った信号三叉路「木田町」の左手の丘陵上。
位置情報URL:http://portal.cyberjapan.jp/site/mapuse4/?lat=34.901599&lon=136.571574&z=15&did=std&crs=1
調査の種類:本調査
調査原因:農地改良に伴う緊急調査
調査期間:平成26年4月2日〜平成26年9月30日(予定)
調査面積:400u
主な遺構:竪穴住居・掘立柱建物
主な遺物:弥生土器・土師器・須恵器
見  頃:6月以降
現地説明会:夏休みに発掘体験会を開催する予定です。
 古墳時代後期・前期・弥生時代後期の竪穴住居が重複して出ています。

遺構検出状況

竪穴住居の壁溝から土師器瓢壺が出土

一般収蔵庫(過去のニュース)
特別収蔵庫(現地説明会資料)
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