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牧田小学校のあゆみ

明治 8年(1875)8月12日、鈴鹿郡弓削岡田村・算所村・平田村の3村に初めて学校ができた。第二大学区第35 番中学区第141番小学区岡田学校といって、来迎寺の本堂を仮の校舎にした。また、甲斐村には、37番小学区甲斐学校ができた。下等科と上等科があり、下等科は6才〜9才、上等科は10才〜13才までだった。入学するには、「入学願」がいるが、退学は自由だった。また、試験の成績が悪いと落第があった。

初めて学校に入ると8級で、試験に合格すると半年で7級になれた。作文・読み方・習字・算術を教えていた。

明治20年(1887)小学校簡易科授業所と名前が改められた。当時は学校は8年間だったが、なかなか学校へ行けない子どもが多かったので、3年間だけ通う学校をつくってもよいことになったからである。読書・作文・習字・算術を教えた。

明治24年(1891)には牧田尋常小学校と名前を改めた。明治28年(1895)には、補修科ができた。補修科は、学校の科目が、修身・読書・作文・習字・算術・体操だったので、その他に地歴・理科を学習するためにできた。図画・手芸・さいほうを加えてもよかった。明治30年(1897)の児童数は129人で先生5人だった。

明治34年(1901)高等科2年をつくり、牧田尋常高等小学校と名前を改めた。尋常科は4年で授業料はいらなくなった。試験による進級もなくなった。読書と作文をあわせて、国語とした。尋常科2学級・高等科1学級ができた。

明治41年(1908)学校は6年間となり、牧田尋常小学校と名前を改めた。このころの児童数は191人。学級数も6学級になった。

大正9年(1920)10月25日校舎が建てかえられ、くすのきが記念に植えられた。今の創立記念日は、この日となっている。このころの児童数は138名・先生8人だった。

昭和になって、戦争が始まると、平田町に鈴鹿海軍こうしょうができた。これによって、地区の様子は大きく変わることとなった。また、同じ時に鈴鹿市ができた。戦争が終わった昭和20年(1945)の児童数は392人・先生12人であった。

戦後、海軍こうしょうの跡地に工場ができ、近鉄平田駅もできた。やがて大型ショッピングセンターもでき、大きく様子が変わっていくこととなる。

 

西暦

牧田小学校のできごと

鈴鹿市のできごと

日本のできごと

1868

 

 

明治維新、江戸を東京とする。

1871

 

 

廃藩置県がおこなわれる。

1872

 

 

学制ができ、学校がつくられる。小学校は、下等科4年・上等科4年とする。

1873

 

 

徴兵令がでる。

地租改正がおこなわれる。

1875

明治 8. 8.12

弓削岡田村・算所村・平田村の3村に岡田学校ができる。児童数19人教員1人。

甲斐村に甲斐学校ができる。

 

 

1876

 

三重県ができる。

 

1877

 

 

西南戦争がおこる。

1878

明治11. 2.22

弓削岡田村の伊藤孫市郎さんの家を村で買って学校にした。

 

 

1880

 

 

全国の代表が国会を開くよう政府に意見書を出す。

1881

 

白江野用水の工事が始まる。

小学校は初等科3年・中等科3年・高等科2年となる。

1883

明治16.10.20

岡田学校を本校、甲斐学校を分校としていっしょになる。

 

 

1886

 

 

小学校令ができ、尋常科4年・高等科4年となる。小学校簡易科授業所の設置が認められる。

1887   

明治20. 4. 1

弓削岡田簡易科授業所と名前を改める。                            児童数99人・教員3人

 

 

 1888  

明治21. 7.16

弓削岡田尋常小学校と名前を改める。この年、校舎の増築し、甲斐学校をやめる。

 

 

1889

 

白子町・神戸町ができる。

大日本帝国憲法が発布される。

1890

 

関西鉄道(今のJR関西線)ができる。

第1回帝国議会がひらかれる。

1891   

明治24. 7. 2

弓削岡田尋常小学校を牧田尋常小学校と名前を改める。学校が現在の場所に新しく建てられる。

 

 

1892

 

関西鉄道に高宮駅(今の加佐登駅)ができる。

 

1894

 

 

イギリスとの条約改正に成功する。

日清戦争がおこる。

1895

 

 

ロシアなど三国が日本に干渉する。

1901

明治34.4.1

高等科2年をつくり、牧田尋常高等小学校と名前を改める。

 

八幡製鉄所が仕事をはじめる。

1904

 

 

日露戦争がおこる。

1908

明治41.4.1

学校は6年間となり、牧田尋常小学校と名前を改める。

定五郎橋ができる。

神戸町に初めて電とうがつく。

 

1909

 

神戸町に初めて電話がつく。

 

1910

 

 

韓国を併合する。

1911

 

 

条約改正を完全に達成する。

1914

 

 

第一次世界大戦がおこる。

1920

大正 9.10.25

校舎がたてられ、くすのきが記念に植えられる。(この日を創立記念日とする)

 

国際連盟に加わる。

1925

 

 

普通選挙法ができる。

1931

 

 

満州事変がおこる。

1933

 

 

国際連盟から日本が脱退する。

1937

 

 

日中戦争がはじまる。

1939

 

 

第二次世界大戦がはじまる。

1940

 

 

日本がドイツ・イタリアと同盟をむすぶ。

1937

 

鈴鹿海軍航空隊が今の旭が丘にできる。

 

1941

昭和16

鈴鹿郡牧田国民学校と名前を改める。

 

国民学校令が出される。

太平洋戦争が始まる。

1942

昭和17.12. 1

三重県鈴鹿市牧田国民学校と名前を改める。

鈴鹿海軍工しょうが平田町にできる。

鈴鹿郡・河曲郡の2町12か村が合併して鈴鹿市ができる。

市立図書館ができる。

 

 1945  

 

空しゅうがはげしくなり、算所町・柳町にばくだんが落とされる。

広島・長崎に原子爆弾が落とされる。

第二次世界大戦が終わる。日本は戦争に負ける。

1947

 

平田町に上水道ができる。

6つの市立中学校ができる。

6.3制ができ、小学校6年・中学校3年となる。

5.3 日本国憲法が施行される。

1948

昭和23.5.20

鈴鹿市立飯野小学校と併合される。

 

 

1949

昭和24.1.21

鈴鹿市立飯野小学校牧田分校となり、もとの校舎に帰る。

鈴鹿市消防本部ができる。

 

1950

昭和25.7.31

鈴鹿市立牧田小学校として独立する。

鈴鹿税務署ができる。

 

1951

 

呉羽紡(東洋紡)ができる。

サンフランシスコ平和条約がむすばれる。

日米安全保障条約がむすばれる。

1952

昭和27.5.31

北校舎西どなりへ増築する。

旭ダウの工場ができる。

 

1953

 

大東紡ができる。

 

1954

 

市役所が新しくたてかえられる。

亀山市井田川地区の一部、河芸郡栄・天名・合川が鈴鹿市へ合併する。

 

1955

昭和30.9

創立80周年記念式を行う。(児童数485人 教員数14人)

 

 

1956

 

倉毛紡(今のカネボウ)ができる。

日本コンクリートができる。

日本が国際連合に加わる。

1957

 

市立幼稚園が9地区にできる。

中央公民館ができる。

鈴鹿郡美鈴村の大部分と鈴峰村の一部が鈴鹿市へ合併する。

 

1958

 

市立養老院ができる。

 

1959

 

本田技研鈴鹿製作所ができる。

伊勢湾台風がおそう。

 

1960

 

県立青年の家ができる。

 

1961

 

川崎電機(今の富士電機)ができる。

御座池しょうきゃく場ができる。

 

 1962  

昭和37.11

PTAが全国表彰を受ける。表彰記念事業として校庭金網フェンスをつくる。

国立鈴鹿工業高等専門学校ができる。

鈴鹿市が交通安全都市宣言をする。

 

1963   

昭和38.12

東門がつくられる。

 

 

1964

 

 

東海道新幹線が開通する。

オリンピック東京大会がひらかれる。

1965

昭和40.10.23

創立90周年記念式を行う。(児童数384人 教員数14人)

東谷し尿処理場ができる。

鈴鹿農協ができる。

 

1966

昭和41.11.18

市教委指定道徳教育研究発表会をひらく。

第11回学習研究社教育賞受ける。

 

 

1967

 

鈴峰村が鈴鹿市へ合併する。

 

1968

 

鈴鹿保健所ができる。

鈴鹿市民会館ができる。

 

1970

 

藤倉電線ができる。

 

1971

 

鈴鹿市児童交通公園ができる。

鈴鹿青少年の森ができる。

 

1972

 

深谷処理場ができる。

中華人民共和国と国交を正常化する。

沖縄が本土に復帰する。

1973

昭和48.3.12

昭和46年から始まった校舎改修弘治が完成する。

市立体育館ができる。

 

1974

昭和49. 7

体育館ができる。

集中豪雨がおそう。

 

1975

昭和50. 8. 5

プールができる。

昭和50.10.24

創立100周年記念式を行う。(児童数714人 教員数23人)

 

 

1977

 

鈴鹿市社会福祉センターができる。

消防署西分署(今の北分署)ができる。

 

1978

 

市立西部体育館ができる。

中華人民共和国と平和友好条約を結ぶ。

1980

 

一ノ宮団地解放センターができる。

 

1981

 

市立図書館が新しくたてられる。

西部野球場ができる。

石垣池公園陸上競技場ができる。

消防署南分署が新しくたてられる。

 

1982

 

石垣池公園市民プールができる。

鈴鹿富士ゼロックスができる。

 

1983

 

鈴鹿市伝統産業会館ができる。

 

1984

昭和59. 4. 1

鈴鹿市立明生小学校ができて、本校から平田新町・平田中町が明生小学校区にうつる。

昭和59.11.16

市教育研究会研究委託校として特別活動(ファミリー活動)研究発表会をひらく。

 

 

1985